研究概要

領域代表者:河原 行郎

研究の全体像

生物は、自らの生命システムを攪乱するようなRNAの侵入や発現に対して、排除・抑制する機構を発達させ、時に取り込み流用(Co-opt化)することで、長い時間をかけて適応してきました。しかし、近年の頻発する新興ウイルス感染症等により、生物がこうした外来性のRNAを受け入れる機会は急速に増えてきています。一方で、私たちの体内のヒトゲノムのうち、過去に感染した外来性 RNAの痕跡であるトランスポゾンや内在性ウイルスは約 40%を占めています。こうしたゲノム領域から発現する内因性のRNA は、通常は異物として認識されず免疫反応を誘導しませんが、自己免疫疾患やがんといった多種多様な疾患において発現制御の異常が報告されています。
本領域では、外来性・内因性を問わず生命システムを攪乱するRNAの一群を全て攪乱RNA (perturbing RNA: perRNA)と定義し、異分野の研究者が結集することでその特徴付けを行うことで、perRNAの制御機構とその破綻による疾患や環境変化に対する適応などの自然現象について包括的理解を目指します。「生命システムの攪乱」という負の機能の観点からRNAを捉え直す試みはこれまでのRNA研究とは一線を画すものになると期待します。
また本領域の成果は「攪乱RNAデータベース」として広く発信し、今後のperRNA研究に活用可能なソフトウェアも整備し公開をすることで、国内外の研究者とperRNAという新規概念を共有する基盤を形成します。
こうした成果により、従来分からなかった生理現象、疾患原因、環境変化への適応機構などが解明され、新たな疾患治療法や副反応の少ないRNA医薬の開発等への応用へと繋がることが期待されます。

図1 攪乱RNA学創成領域の概念図

研究の背景・目的

近年、温暖化による海水温の上昇や森林伐採など地球規模の環境変化により、生物の生息域が大きく変わり、従来無かった生物種間の接触機会が増えている。その結果、人類においても、エイズや鳥インフルエンザ、COVID-19などの新興ウイルス感染症が増えたが、その原因の多くはRNAをゲノムに持つウイルスである。こうしたウイルスに由来するRNAは、宿主の生命システムを攪乱し、時に細胞や個体を死に至らしめる。また、合成RNAが、治療や品種改良を目的として利用される頻度が今後も高まっていくことが予想されるため、今こそ我々は、生物がどのように自らの生命システムを攪乱するRNAに対抗し、時に取り込んで流用する(Co-opt化)ことで適応してきたのか、分野横断的に英知を結集し理解する時である。

一方、生物ゲノムの大部分は外来性RNA に由来する配列によって構成されており、ヒトゲノムでは約40%を占める。その代表例であるレトロトランスポゾンからは、新たな内因性RNA の発現が生じ、ゲノム中の転移を可能とした。近年、こうした転移因子に由来するRNA自身が、転移以外にも様々な機能を持つことが萌芽的に解明されつつある。さらに、進化の過程で転移活性を失ったリピート配列がゲノム中に増えた結果、リピート配列間で2本鎖RNAが形成されるリスクが高まり、ウイルスなど外来性2本鎖RNAとの識別が不可欠となった。生体には、このような内因性perRNAに対する適応策として抑制機構が何重にも存在していることが想定されるが、その全体像は全く不明である。また、宿主が転移因子由来RNAを取り込み流用 (Co-opt化)する実態も判明しつつあるが、その多くが未解明である。
このため、外来性・内因性を問わず、生命システムを攪乱するRNAの一群を負の機能を持ったperRNAと定義し、その配列や構造などの特徴を捉えるとともに、perRNAを排除・抑制する機構や、宿主が取り込むことによって流用する(Co-opt化)機構など、perRNAとの共存を可能とした適応機構を理解することを目的として本領域を推進する。これまで、進化、ウイルス、RNA、発生、免疫、神経、がんなど個々の分野で研究されてきたこれらperRNAを包括的に捉え直し、mRNAや非コードRNAといった従来の枠組みとは異なる新たなRNAのカテゴリーを創成することを目指す野心的な内容である。

図2 「負」の機能の観点からRNAを捉え直す

具体的な研究内容

研究項目A01「攪乱RNAの同定と特徴付け」

公共データベースや各班の研究により得られたトランスクリプトームデータから、特定の機能を持つperRNA候補を抽出し、配列、構造、動態などの特徴付けを行う。

研究項目A02「攪乱RNAを操る分子機構の解明」

perRNA適応機構を理解するため、perRNAの機能を操作するメカニズムを解明する。本来、細胞や個体の恒常性を攪乱するperRNAは、その機能が発揮されないように押さえ込まれている。これには、perRNAを感知する認識機構や、分解を誘導したり、発現・機能を抑制する機構の理解が不可欠である。また、一部のperRNAはCo-opt化して、細胞や個体の正常な発生・発達に必須であることも萌芽的に分かりはじめており、本研究項目で解析する。

波及効果

各研究班の成果は「攪乱RNAデータベース」に登録し、広範な生物種や疾患・環境変化に関連するトランスクリプトーム・データからAIを使ってperRNAを抽出して、その生理的影響の予測を可能にする。こうした知見の蓄積により、これまで長さや由来から分類してきたRNAを、生体攪乱という負の機能の観点から捉え直す好機となり、従来分からなかった生理現象、疾患原因、環境変化への適応機構などが解明できると考えている。その結果として、新たな疾患治療法や副反応の少ないRNA医薬の開発等への応用も期待できる。

図3 攪乱RNA学創成領域の研究内容と波及効果